2016/01/23

私の死刑に対する考え方~真理矢編~

こんにちは。
インターンの真理矢です。

私が活動の中で担当している死刑のことについて、自分が思うことを書きたいと思います。


私は正直に言うと、アムネスティのインターンを始める前に、死刑について深く考えていませんでした。ドストエフスキーの『罪と罰』を思い出しながら、改心の機会がなく、キリスト教の概念からすると、宗教的にも問題がある、ということぐらいですね。

しかし、アムネスティのあらゆる活動の中で死刑廃止キャンペーンに関わることができて、自分は死刑に対していったいどういう立場なのか、と考えるようになりました。



ここでは、少し自分の話をさせていただきます。昨年は、大切な親戚を失いました。死因は癌です。

その一年前から予想されていたことで、死そのものは突然な出来事ではありません。事故死や殺害による死よりも、多少は受け入れやすいかなと、出来事が起こる前まで思い込んでいました。でも、いざ起こってしまうと、ちっとも受け入れやすくはない、と発見しました。

そもそも癌があの状態まで進行したのは、定期的に診察を行っていた医者が見逃してしまったという背景もあります。人間は間違える生き物ですから、自分はその医者を責めたりしません。運命なのだと、癌と闘って負けても仕方のないことだと、割り切ってもいいところです。

私にとってとても大切な親戚は、もうそばにいません。私は癌という病気を怨めばいいのか、それを見逃してしまった医者を怨めばいいのか、分かりませんが、その人がいないという事実は変わりません

そして、どちらかを怨んだにしても、喪失感も消えませんし、その人も生き返ったりはしません。恐らく、それが事故死であっても、殺害による死であっても、その二つの事実だけは変わらないでしょう。

でしたら、死刑に果たして意味があるのでしょうか?大切な人を殺した犯人に恨みをぶつけて、死んでもらっても、大切な人は戻りません。大切な人のいないことに対する自分の気持ちも、落ち着きません。



そして、親戚の病死という体験をもって、もう一つ思ったことがあります。私はその親戚とここ数年、連絡を頻繁に取ることができない状況にいました。連絡を取れないけれど、常に思っていて、常にその親戚の話をしていて、ショッピングをする度に、この物ならその人に気に入ってもらえるだろうと思っては買ったりしました。

近くにいなくても、私たちには可能性がありました。思い出して懐かしんで憂う過去があり、思い合う現在があり、期待する未来がありました。でも、今は憂う過去しか残されていません。命とは可能性なのだ、と思いました。


犯人はとても残酷な行為をして、死刑判決を受けたとしましょう。でも、犯人にも、親戚や共通の思い出と期待を持つ人たちがいます。犯人から、その人たちから、命という可能性と期待を奪ってもいいものでしょうか?死刑判決に賛同した、あるいはそれを黙認した自分は、その可能性を奪った責任を取れるでしょうか?



私は人間を信じています。人間は間違いを犯すことがあります。どんな間違いでも、やる気があれば直せます。しかし、この世で取り返しのつかないことはただ一つ、です。人が人を殺めた時は、その人が自分の間違いを取り返すことはできない一方、殺害者であるその人という間違いを、社会は直す可能性を持っています。

目には目を(lex talionisレクス・タリオニス、同害復讐法)という先史時代の方法を使って邪魔者始末を続けていれば、現代社会は人間の尊厳を守り、人道理念に基づいた民主主義的な社会と果たして呼べるのでしょうか?

死刑執行に関わる刑務所の職員、医者の道徳的・精神的問題や、生存の権利、(例えば、国連が推薦したStandard Minimum Rules for the Treatment of Prisoners 囚人の待遇のための標準最低限規則やその他の国連勧告に反映された)囚人に対して人間としての尊厳を守る義務、矯正制度の元々の意義などの問題を考えれば、なおさら論理的な結論が導かれます。

私は死刑反対だと、はっきり分かったのです。

活動の中で作った、死刑囚松本健次さんの絵を載せたしおり
真理矢


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

オンライン署名にご参加ください!
学校へ行きたいと願うすべての少女たちのために。

★アクションに参加しよう!
https://www.amnesty.or.jp/get-involved/action/sIerraleone_201511.html


エボラ出血熱の流行で閉鎖されていた学校が再開する目前の2015年4月、
シエラレオネ政府は「無垢な生徒たちに悪影響だ」として、
妊娠した少女たちの通学を禁止しました。
また、彼女たちが高校や大学への進学、就職に必要な試験を受けてはならないと発表しました。

この通学禁止措置によって、3,000人以上の少女が教育の機会を奪われると言われています。
さらに学校では、妊娠を調べるために、生徒たちが屈辱的な検査を強いられています。

禁止措置を撤回し、学校へ屈辱的な妊娠検査の中止を指示するよう、
シエラレオネの大統領に要請してください。

アクションに参加しよう!
https://www.amnesty.or.jp/get-involved/action/sIerraleone_201511.html


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- 


0 件のコメント:

コメントを投稿